有閑パーマ・おすまし人生からの脱却

パーマをかけ直してもらいに行った。数時間かけて、尻を痛くし、さっぱりコンパクトにまとまったくるんくるんパーマができあがり。

通っている美容院は風変わりで、施術の前に清潔な洞窟をイメージさせる畳敷の部屋でゆっくりお茶を飲む時間があり、施術中のスマホは原則禁止で、パーマで時間をおいているときにも雑誌すら渡されず、客は居眠りするか鏡の自分と睨めっこをするかで過ごさなくてはならない。もしかしたら持ってきた本を読みたいと申し出たらOKが出るのかもしれないが、美容院のコンセプトが「外界からいっとき離れて自分の中を見つめ、髪を整える場所」というものなので、本を読んだらそれはできないよな、と思ってしまい言い出せない。確かにずっとスマホと共にいるし、生活中は生活中でいろんなことをやりながら実務的なことを考えているのだから、数ヶ月に一回、たった数時間だけ外界から離される時間があるのもいいかもしれないと思って、それなりに気に入っている。

ただパーマはやはりおおいに時間のかかる髪型だ。わたしのような有閑な人間でないとずっとはできない。周りを見るかぎり、同年代の大人はこんなにながい時間、美容院に座ってはいられないだろう。わたしも美容院のコンセプトの「自分の中を見つめ」という部分はいつも五分くらいで飽きてしまって、ホラー映画に出したらいちばん怖い顔はどれだろうと試行錯誤してみたり、カーラーの数を見えるだけ数えて後頭部のカーラー数も推理してみたりと、懸命に時間を潰しているだけだ。どこかで監視カメラが回ってませんように。

 

ふと、自分って愛想がないのではと思って夫に聞いてみたところ、愛想よくしようと努力している痕跡すらない、どちらかといえば仏頂面だ、頑張って愛想笑いをしたり心にもないことを言っていることが時々あるが下手くそだし見え見えである、とのことだったので、反省している。

特に最後のひとつは相手の反応から、もしかしてそうなのかもしれないと思っていたので、指摘されるとより痛い。さらに興味ある!楽しい!もっと知りたい!みたいなエモーショナルで素直な表出をうまくできないこともあり(なにを面白いと思うのかも、邪念にかき回されてわからなくなることが多い)、不気味な人間と思われている可能性もある。別にクールキャラになりたいと思っていたわけではなく、幼少期からの癖で感情はなるべく表さないほうがいいものと染みついている気がする。特に子どもの頃、悲しい辛い怖いという感情を出すと、馬鹿にされたり笑われたりすることが多くて、それが嫌だったのを今でも引きずっている。

ただ、まさか仏頂面だったとは思っていなかった。どちらかといえば笑うような場面じゃないのにニヤニヤしちゃう癖があるからやめようとできるだけ真顔をつとめるくらいの心がけでいた。

ちょっと早いが、エモーショナルに生きるのを来年の目標と定めたい。喜怒哀楽のわかりやすい中年になっていきたい。それぞれの感情をよく観察したい。自分の感情をわかりたいし周囲へ(それなりに)見せたい。

おすまししないで生きたいってことですね。今はおすまししすぎて腹から声出ないし、背中もまるまるし、肩も上がってガチガチ。よくほぐしましょう。ここで日記を書いているのはエモーショナルの練習という気はしています。