建前で膨らむリュック

山に登った。

200m級の低山だが、日頃動かないので脚がジンジンしてるし、リュックが重かったので肩も痛い。

山に登るときの荷物はとても難しいと思う。水をどれくらい持っていく? 防寒着はどれにする? さすがにレインウエアはいらないよねえ、行動食ってこれだけでいい? 温かいもの飲みたくなるかな。もし捻挫したら降りられなくなっちゃうからテーピングテープと湿布、怪我したときの絆創膏、急になにが痛くなるか分からないから解熱鎮痛剤、高尾山だって人が遭難して死ぬんだぞ、うっかり遭難して一夜を山で越す必要があるかもしれない。夜は寒くなるんだからカイロと、災害の時とかにも使える体に巻くアルミホイルみたいな防寒シートと、ヘッドランプとコンパス…コンパスってどう使うんだっけ、調べなくては……等々、あっという間にリュックは膨らみ、肩に食い込む。いつも(いつもと言っても山に登るのは年に一回くらいのものだが)水は多すぎるし、特に怪我もしないし、道をちょっと間違えても無事に帰ってこられている。

山で、山に慣れているらしき人の荷物を観察すると、驚くほどコンパクトだ。しかし登山の装備についてちょっと調べてみると、そんなにコンパクトではいられなくないか? と不思議に思ってしまう。生真面目に揃えているのはわたしだけで、みな、経験からいろいろ削ったりアレンジしたりして、あのスマートな荷物を構築しているのだろう。どんな山に登るにしろなにかしら食べ物は持ち、防寒着やレインウエアも持て、と書いてあるが、山を舐めるとほんとうに命の危機なので不特定多数の人の目に触れるネットではそう書いておくのが無難なだけであって、200m前後の低山に登るのに気合入れて用意するやつは自分で状況を判断できないアホってことなのかもしれない。

わたしには建前がわかんないのである。「手土産いらないよ」を本気にして他人の家にお邪魔してみると、他の招待客はみな気の利いた手土産を持参していて、ホストも断る素振りも見せず嬉しそうに受け取っている。何度もそういう場面に遭遇しているのに「手土産はいらないよ」を経験するたび、そんなに主張するなら今度こそ本気に違いないと持っていかず、懲りずに青くなっている。ごめん、わたしだけ手ぶらで……と謝るのも癪な気がして、他の招待客より奮って食事を喉に詰めこみ、いっそ図々しい奴のレッテルを貼られてしまおうと躍起になる。心の中ではホストに対して「頼むから、いらないよって言うなら持ってきたやつを突き返すくらいしてくれ!」と叫んでいる。

「手土産いらないよ」をやるのは、みな手土産を持ってくること前提でのコール&レスポンスなのかもしれない。一度舞台からはけた歌手がアンコールを見越してセットリストを作っているようなものだ。なのにアンコールが客席から湧かなかったら、どうしていいやら歌手は舞台袖で途方に暮れるだろう。

山の話に戻すと、わたしはヤマケイ文庫とかから出ている遭難もののノンフィクションをよく読み、肝を冷やしながら温かい自室でののんべんだらりを楽しむ性癖があるので、自分がいざ山に行くとなったときに必要以上に怯えてしまう。

遭難した人は些細なことで分岐を間違えたり、ちょっと見にいこうと道から外れて二度と元の道に戻れなかったり、たまたまその短時間に雨が降り濡れてしまって、その後気温が下がり低体温症になったりと、山に「不意」の神様がいるとしか思えないような偶然で酷い目に遭っている。だからもし不意の神様に気に入られても大丈夫なように準備を……、いや、不意の神様は装備が完璧な人には手を出さないだろうという公正世界仮説を採用して、せめてもの魔除けとしてリュックを膨らましているのかもしれない。